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音楽と女にジャンルは関係ない

Insania

虚ろな顔をした空蝉達が、足早に闊歩する都会の真ん中で、一人異様な雰囲気を振りまいている女性がいた。まるで敵に囲まれているかのように、周りを睨みつけながら颯爽と歩いていた。彼女の周辺の空気だけが、まるで涼風を纏っているかのように、凛として浮き彫りになっていた。「君は野に咲くアザミの花よ、見ればやさしや、寄れば刺す」そんな、アザミの花のような雰囲気を引き連れていた。

ショーウィンドウの前で足を止めた彼女が、中に飾られている服を覗き込んだ。飛んで火に入る夏の虫のように、僕は彼女へと吸い寄せられた。

蝉時雨が耳を焼き、太陽は、鈍色のアスファルトの上でグラグラと燃えるように砕けていた。まだまだ残暑が厳しい、そんな夏の終わりの日のこと。

僕は、その服を一緒に覗き込みながら話しかけた。

「白じゃないと思う」

彼女はチラッとこちらを一瞬眺めて、すぐにまた視線をショーウィンドウに戻した。

「デリカシーのない人ね。白にしようと思ったのに」

「親切心だよ。白はちょっと可愛すぎると思う」

「初対面の人に、『君は可愛いのは似合わない』って言ってる人のどのへんが親切?」

「少なくとも可愛げはないだろ。でも、美人だとは思う」

「はいはいどうも」

「ごめん、思ってもないこと言った。とりあえず暑いから中で見ない?」

「おごってくれんの?」

「200円な。てか、なんでそんな怒ってんの?」

「もともとこういう顔だから」

中へ入るなり、彼女が尋ねる。

「で、何なの?」

「ナンなの?オレはライス派かな。あ、でも女の子はナンのほうが良いって子多いよね。とりあえずさ、着てみなよ」

試着室へ入っていく彼女のカーテンを閉めて、店員さんが僕に話しかける。

「彼女さん、お綺麗ですね」

僕も爽やかな笑顔で答える。

「可愛げはないですけどね」

数分後、試着室から出てきた''綺麗だけど可愛げのない''彼女が尋ねる。

「どう?似合う?」

「暑そう」

「ねぇバカなの?」

「でもやっぱ黒のほうが似合ってんじゃん」

「じゃあ白にする」

「オレをなんだと思ってんだよ」

「買い物中の乙女にいきなり可愛げがないとか言ってくる軽薄男」

「じゃあ君は?」

「その軽薄男にノコノコついてきた軽薄女」

そう言って、彼女は初めて笑った。

「あ、よかった、ちゃんと笑える子なんだ。さっきまでめっちゃ怒ってたから。そういう笑えなくなっちゃうような複雑な家庭環境で育ったのかと心配してた」

「なにそれ」

「いや、親父が『もしも時間が止められたら』シリーズのAVしか見ない人だった、とかさ」

「そういうの好きなの?」

「てか、その笑顔だったらスマイル0円のマックでも10円ぐらいは取れると思うよ」

レジで会計している彼女が、振り返って手を出しながら言う。

「200円ちょうだいよ」

「そうやっていつも男から巻き上げてんの?」

そう言いながら、僕は200円渡した。

「ほんとにくれるんだ。いらないけど。笑」

「やっぱ、九州男児代表としてほっとけないからな。とりあえず福岡県で領収書貰っといて」

店を出て歩きながら、彼女に尋ねた。

「何でめずらしく素直に試着したの?」

「めずらしく素直って、普段知らないでしょ」

「昔はもっとひねくれてたじゃん」

「昔って、デリカシーのない軽薄男に絡まれる前までのこと?」

「でもやっぱ可愛いなとは思ったよ」

「ああそう、どうも」

「服の話よ。え、なに?あれ自分で作ったん?」

「ウザいね」

「嘘だよ、可愛いとは思った」

「はいはい」

「好みではないけど」

「ウザいよ」

そんな、ごく普通の会話をしながら歩いていると、ふと彼女が僕に尋ねる。

「どこまでついてくんの?」

「ついてきてはないよね。明らかに一緒に歩いてる。逆にどこまで行くの?」

「行きたいとこあったんだけど、もう今日はいいや」

「じゃあ、スタバとドトールどっちにする?」

「え?帰る」

「オレ喋りすぎてのど乾いた」

「勝手にずっと喋ってただけでしょ。一人で行きなよ」

「200円おごったじゃん?時給5000円のキャバクラで働いたとしても、2分ちょい買えるはず」

「200円でよくそんなに偉そうにできるね。九州男児の心意気じゃなかったの?」

「九州男児の心意気を支えてんのは女だからね。とりあえず2分だけな」

実際はもう一悶着ありつつ、そんなこんなでちょうど近くにあったドトールに入った。

「ちょっと席取っといてよ。オレ買ってくるから」

すると、彼女は千円札を渡してきた。

「え?いいよ、コーヒーぐらいオレ払うよ」

「また2分延長とか言い出すからいい」

「ほんと可愛げないよな」

コーヒーを受け取り、席に着いて、彼女が先ほど渡してきた千円札を返した。

「千円札使えないってさ」

「は?意味が分からないんだけど」

「君の千円札とオレの五百円玉を一緒に出したら、店員さんにオレの五百円玉が採用された」

「バカでしょ。笑」

「オレが襲ってきた時にもすぐ逃げれるように、一応テイクアウトで貰っといてあげたよ」

「こんなとこで襲ってくんの?」

「もしも時間が止められたらね」

「やっぱそれ好きなんじゃん」

「ホントは4分じゃ飲み干せないだろうと思ったから、気を遣ったんだけどね」

「2分ふえてる」

「コーヒー代払ったからな」

彼女の後ろから射す黄金色の太陽が、その栗色の髪を暖かく染め、彼女の印象を柔らかいものにしていた。

冷たさと柔らかさ、アンバランスな彼女の印象は、まるで肉体と精神のそれに似ていた。人の肉体は、明日になることを全力で拒む。それは、死に近づくからだ。明日を繰り返すということ、それはいつかの死を意味する。しかし、人の精神は明日を願う。「明日になれば」「いつかきっと」そんな未来をあてにして、人は生きる。

彼女の柔らかさと冷たさのアンバランスさは、人間が生得的に抱えた精神と肉体の拮抗関係に似た、そんな親しさを漂わせていた。

いかなる美であろうと、その奥底には、なにか非人間的なものが横たわっている -Albert Camus-

一時間ほど、他愛もない会話をした。窓の外の雑踏を眺める、彼女の彫刻のような横顔に問いかけた

「明日と明後日、どっちがいい?」

「何が?どっちも忙しいから」

「さっき、休みの日はだいたい寝てるって言ってたよ。で、明日と明後日休みだとも言ってた」

「そういう理詰めで来る人嫌い」

「友達とライブに行く予定だったんだけど、そいつが葬式で帰省しちゃったからチケット一枚余っちゃってんだよね。というわけで、めでたく君が採用されたわけ」

「''というわけで''の意味が分かんないから」

「理由はないよ。だって、理詰めで来る人嫌いなんでしょ?」

彼女は、呆れたように笑った。

「で、なんのライブなの?」

「海外のロックバンド。ロック好き?」

「頭の悪そうな人達が聴くイメージ。嫌い」

「だろうね。メタリカ以外は聴かない、とか言う子よりはよっぽどよろしい。採用」

「だからなんで勝手に採用されてんのよ」

「理由はないよ。だって理詰めで来る人嫌いなんでしょ?」

「もうそれいいから」

「じゃあ決定な」

「英語の曲って聴いても意味分かんないし」

「大丈夫、アメリカのバンドじゃないから」

「どこ?」

「カナダだね」

「英語じゃん」

ライブ会場は、異様な熱気に包まれていた。SEで、ヴァンヘイレン、パンテラ、メタリカ、などが流れている。待ちきれない幾許人のファン達が、それを熱唱している。彼女は、「なんで私こんなとこにいるのよ」そんな表情を浮かべながら、努めてツンケンとしていた。

「手つないであげよっか?」

不機嫌そうな彼女の横顔に話しかけた。

「ライブとかを利用してそういうことしようとするんだ」

「じゃなくてさ、始まったらたぶん押し流されてくと思うよ?」

「そんなわけないでしょ」

SEのボリュームが徐々に大きくなり、照明が落ちる。至るところから、悲鳴にも似た歓声が上がり、アンプから、心地よいグルーブの重低音が鳴り響く。

メンバーの登場と同時に、彼女は背中を押され、一瞬「あっ」という表情を浮かべたかと思うと、前へ前へと流されていった。

イントロが始まり会場中が音に飲み込まれていく。努めてつまらなそうにしていた彼女の体が、いつのまにかリズムに合わせて小刻みに揺れていた。曲がサビに入ると、周りが飛び跳ねる中に、一緒になって飛び跳ねる彼女の姿があった。

「コンニチハァァ!トーキオー!イラッシャイマセ!Are you ready!」

「yeah!」

「Are you ready!」

「Yeah!」

彼女は、右手を高く突き上げていた。

どんなにつまらなそうな顔をしてる人でも、一度その渦の中に巻き込まれてしまえば、体が勝手に踊り出す。

音楽の力というのは本当にすごい。改めてそれを感じた。

隣へと戻って来た彼女は、流されないように僕のTシャツの裾を小さくつまんでいた。

「Are you lady?」

僕の声は、さんざめく轟音の中で綺麗にかき消された。

音楽と女に、ジャンルは関係ない。

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