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うん!ソフランがいいと思う♪

Insania

「どうも、レナです♪」

そう言いながら隣の席へと滑り込んできた彼女は、不気味なほどご機嫌に、ニコニコと笑っていた。

上弦の月が歌う秋の宵、時刻は午前4時過ぎ。憂いを纏ったネオンライトが、疲れきった夜の街を儚げに染める。何もかもがある、だからこそ決定的なものは何もない。そんな東京の夜。

4件目のキャバクラを襲撃していた僕と、夜を彩なす天つ乙女のお話である。

4件目?

それまでの3件の話は聞かないで欲しい。それが、紳士淑女のマナーというものである。1日で4件もキャバクラをハシゴしているという狂気の沙汰っぷりからも、その地獄絵図模様は容易く想像に及ぶであろう。ダンテもびっくり地獄編である。

ここに及んで、まだ見栄を張っている私をどうか笑わないでほしい。実はキャバクラへ行く前に、合コンなるものが催されており、その敗戦も含めると5戦目なのであった。

仮初の天つ乙女は、泥酔していた。

僕「酔いすぎだから」

乙「そりゃそうでしょ!もう何時だと思ってんの♪」

僕「ハーフっぽいよね」

乙「ほんと~♪どことどこっぽい?」

僕「お父さんとお母さんのハーフっぽい」

乙「バカなの?」

僕「でも可愛いとは思う」

乙「そんなことないよ〜♪」

僕「そのドレスね」

乙「は?」

などと、至って普通の会話をしていた。

どこに住んでるとか、昼は◯◯で働いてるとか、ただでお酒が飲めるから土曜だけここに来てるとか、こっちが不安になるほど、あっけらかんとして彼女は何でも話す。その、長閑だが挑発的な目つきが、不思議な魅力を湛えていた。

「何してる人?」

泥酔の乙女は僕の顔を覗き込んで尋ねる。

「オレ?パン屋さん」

「絶対ウソ。笑」

「ほんと。入り口でクロワッサンの香りをうちわで外に撒き散らす専門だけど」

「なにそれ」

明るみ始めた夜の底から滑り落ちた冷たい夜の結晶が、それと対照的な彼女の白いドレスを、氷のような美しさで染める。そして柔らかな暖色の照明がその表面を溶かし、真綿のように柔らかな暖かさを不思議に同居させていた。

僕は、すでに彼女の不思議な空気感に翻弄されていることを悟られないように、必死だった。

自分の顔というのは不思議なもので、自分のものなのに、自分の顔だけが、自分には見ることが出来ない。つまり、顔というのは基本的に、他人のためにある。そして無防備にも、焦りや隠したい感情というのが、自分では見ることの出来ないその自分の顔に顕われる。それは、裸同士で向き合っているようなものだ。穴があったらもう入れたい。

本来、人が互いに理解し合うためには、少なからず水平の関係が必要だ。しかし彼女は、垂直にヒラヒラと舞い上がったり落ちたりしていた。

煙草に火を付け、ゆっくりと煙を吐き出した。

さて、どうしたものか。

「ねーねー、トイレ♪」

僕の膝にクラッチバックを投げ捨て、千鳥足で歩いて行く彼女の後ろ姿を見ながら、

「何だよそれ。笑」と独り呟いた。

天真爛漫さの中に、見え隠れする気遣いな性格。彼女が纏うドレスが、彼女がただ天真爛漫でいることを拒んでいるように見えた。

医者が纏う白衣、裁判官が纏う法衣、パイロットの制服...制服というのはおそらく、その責任に押し潰されそうになるのを耐えるために着るものなのだろう。それを纏うことで、本来の弱い一人の人間から、もう一人の強い自分になりきるために。

彼女は真逆だった。そのドレスが押し付ける仮面を、必死に跳ね除けようとしているように見えた。その稚拙なアンバランスさが、本来相容れないはずの二つの魅力が、反発しあいながらも一枚の絵の中にまとまっているような、不思議な心地良さを醸し出していた。

真っ向から突入したところで、この子には勝てないなと思った。

なので、外堀から埋めた。

30分ほど経っただろうか。会話をしていると、会話の途中で段々と返事が消えてゆく。

...天つ乙女は、外堀の真ん中で爆睡していた。

いつの間にか、外堀のほうが高くなっていた。

彼女は、微睡みながらもグラスをずっと拭き拭きしている。彼女の柔らかい雰囲気も相まって、すごく微笑ましい。

僕「寝てたろ?」

乙「うん、だって眠いんだもん。何時だと思ってんの?」

僕「否定しろよ。一応客なんだけど」

乙「知ってる、だからグラス拭いてたでしょ♪」

彼女は最後の最後までヘンテコだった。周りの女の子が名刺を渡しているときも、彼女は名刺を渡そうともせず、ニコニコしながら酒を飲み続けている。

眠れる乙女は、けんもほろろに問う。

乙「え、名刺なんてどうせ捨てるでしょ?」

僕「ポイ捨てはしないよ。ちゃんとゴミ箱に捨てる」

乙「面倒だしラインにしよ」

名刺は面倒臭いのに、ラインならいいというのも謎である。

僕「全然知らない子から友達申請来たんだけど」

乙「あ、それ私の本名だから」

僕「そんなんでいいのかよ」

乙「まぁいいっしょ、面倒臭いの苦手だし♪」

僕が知ってる「面倒臭い」の概念は、どうやら間違っていたらしい。

なんでこんな話してるんだろう?

あ、そうだ。ソフランだ。

ある日、師匠とドーナツ屋でエンジェルフレンチをほおばっていた。デーモンの私がエンジェルを。現実とはこういうものだ。これが現実だ。ナポリを見てから死ね!

話がずれたが、そのドーナツ屋で、僕の名前をもっとインパクトのある名前に変えようという話になった。

「ポメラニアン大地」

「チューリップ大地」

「スナプキン大地」

「ピストン大地」etc...

候補に挙がった名前達は、どう考えても正気の沙汰とは思えぬものばかりであった。師匠はケラケラ笑っている。師匠はたまに悪人になる。このモードに入った師匠はしばらく帰ってこないことを知っている私は、ふと、あの子に聞いてみようと思った。何故とは分からぬが、何となく信ずるに足る気がしたのだ。

「何がいいと思う?」

「うん!ソフランがいいと思う♪」

「そっか、じゃあそれにする」

こうして、僕はソフランになった。

あらゆるものが相対的な尺度で測られるこの時代に、僕は彼女の絶対感に委ねた。ただそれだけのことである。意味などない。

現代は空白を恐れるかのように、どこもかしこも意味で埋め尽くしてしまおうとする。そして、その過剰ゆえの焦燥感に追い立てられながら、人は日々を生きている。名前ぐらいは、意味の呪縛から解かれていてもいいじゃないか、それだけのことだ。

「人生それ自体に意味などない。しかし、意味がないからこそ生きるに値するのだ」カミュ

しかしながら、周りの先輩作家の方々の、「〜って作家さんが好きで、その名前を一字頂いて名前を決めた」等の話を聞くと、やはりカッコイイな...と恍惚としてしまう。現実はいつだってそんなものだ。そして必ず聞かれる。

「なんでソフランなんですか?」

そんな素敵なお話の後で話すことへの、一抹の罪悪感に憚られながら僕は答える。

「惚れた女に決めてもらいました」と。

素敵なお話風に、星空を見上げながら。

真実が、酔いどれ娘の気まぐれだとしてもである。

「事実など存在しない、存在するのは解釈だけだ」ニーチェ

そんなこんなで、この名前で初めてのメジャー作品が出た。

僕「ほんとにこの名前で出ちゃったよ。責任取ってな」

乙「は?何で勝手に英語にしてんの?ソフランだから!」

僕「え、英語のほうが何かカッコイイかなと思ってさ...」

乙「カッコよさなんて求めてないから!求めてたのは庶民感!」

僕「え、そうなの...?」

彼女がいまどこで、何をしているのかは知らない。

僕はいま、キリストの十字架のようにその名前だけを背負い、人生という名のゴルゴダの丘を登り続けている。

馬鹿げている?

あなた方の中で、罪を犯したことのない者だけが、この者に石を投げなさい

恋をすると、

「いつでも、何をしてても、あなたの顔ばかりが浮かぶの」

いいや違う

 

恋をすると、

「あなたの顔だけが、どうしても思い出せないの」

こっちのほうが真実だ。

僕はいま、あの子の顔が思い出せない。

「惚れた女に決めてもらいました」

あながち、冗談でもないのかもしれない。

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