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一寸先は闇

夜空には星

隣には君

Insania

自分の悪を己の最善のものと呼ぶ勇気を持てた時、それが人生の最も偉大な時期である -ニーチェ-「善悪の彼岸」​

先日、飲み屋で大学生の男の子と仲良くなった。私を「アニキアニキ」と呼ぶ彼は、色恋沙汰から恋の悩み、大学生活...いや、大学性活まで、聞きたくもないバラ色のキャンパスライフを惜しげもなく私に語ってくれた。迷惑千万である。出会って数分での彼のこの図々しさ、もう私の人徳としか言いようがない。

そして聞きながら思った。バラというのは棘があるから美しいのであって、棘のない「とりまハピってる♪」だけのバラ色など、とても見るに耐えない。「主人公が終始喜び倒しの小説などキチガイでなければ書けない」と言った三島由紀夫の言葉よろしく、そんなもの、受け取り手もまたキチガイでなければ耐えられないのだ。

私はふと、ほろ苦い自分のキャンパスライフ時代に想いを馳せた。

私は普通の大卒の人間より頭がいい。何故なら、人よりも長く大学に通ったからだ。人が4年で辞めてしまうところを、私は6年通った。たった4年では、己のアカデミズム追求の未熟さ具合を私は認めなかった。そして大学側も私を認めなかった。偶然にも、利害が一致した。

世間では、それを「留年」などという奇妙な呼び名で呼ぶ人もあるそうだが、一括りにして私を堕落の代名詞のように語ることはやめたまえ。「幸福の形はどれも似たようなものだが、不幸の形はそれぞれに違うものだ」と、昔トルストイというエライオジサンが言っていたそうだよ。

良薬は口に苦いという。逆転の発想をすれば、どんなに低俗なクダラナイものでも、苦いものは全て良薬と成りうる。大学時代の私は、世界中の製薬メーカーからの期待を一身に背負い、良薬開発のため、日々苦い思い出を大量生産すべく奔走した。

いま思い返せば、「毒薬もまた苦い」という真理が忘れられているような気もするが、そんな無粋なことは言うべきではない。「聖母を明るみに引き出すな!」

遺憾ではあるが、男にはモテた。モテにモテた。いつの間にか、連絡先を聞かれても「ごめん携帯持ってないんだ」と断るようになるぐらいモテた。
危機感を感じた。男子校出身で、バラ色のキャンパスライフを切望していた私は、男根色のキャンパスライフなど本当に勘弁だった。高校時代だけで、もう十分だった。

入学早々、すでに男根界の権化としての片鱗を現し始めていた私も、やっとの思いで「新歓」、今で言うところの「相席居酒屋」に行く機会を得た。

しかし皮肉なことに、そこでも男達にモテた。「類は友を呼ぶ」というが、私の男汁臭を嗅ぎつけた「類友♪」たちが私に群がる。一年か二年早く生まれた、というだけで何故か偉そうな人たちに、エチルアルコール入りの摩訶不思議なフワフワする謎の液体を飲まされまくり、自分のエチルアルコール分解能力も知らない幼気な私は、前後不覚となった。前後は分からずとも、シチメンドウクサイことにナナメだけは分かったらしく、それはそれはナナメな醜態をさらけ出したという。

「酒は百薬の長」などという言葉があるそうだが、百薬の頂点にいらっしゃるエンペラーともあろうお方の前では、私のような「町の盗っ人」程度の人間はそれはそれは無力であり、そのエンペラーの圧倒的な力の前では、ただただ酔いしれることしか出来ないのは当然のことである。

翌日、女の子達からは冷ややかな視線と、「訴えられるよ?」という謎の言葉を頂いた。私からすれば、「そんなのエンペラーに言ってくれ」状態である。微妙な誤差で早く生まれただけで何故か偉そうな人達も、「あれはないわ〜」などと宣う始末。あなた方がエンペラーを召喚し、幼気な私を覚醒させたのだ。その時に思った。

「自分の身は自分で守るしかない」

間違いなく、こいつらは狂ってる。世界も狂ってる。

何故なら、私が狂っているはずがないからだ、と。

幸いなことに、私は何故か法学部に所属していた。それ以来、私は必死に勉強した。私を守ってくれる法律を、寝る間も惜しんで勉強した。

そして、学年で1位になった。刑法だけである。他の科目は全部落としたが、そんなことは大した問題ではなかった。96点だった。4点引かれたことに納得出来なかった。抗議に行った。

「なぜ4点引かれたのか納得できません。説明して下さい」と。

「ん〜文章の構成かな」と言われた。

そんなんで納得出来るわけもなく、ヒートアップした。逆ギレされた。

「学年で唯一『S評価』あげてるんだからいいじゃないか!」と。

ここはもうダメだと思った。今後4年間、そんなあやふやな論理で自分を査定されるのだと思うと反吐が出た。それから、私は大学に行かなくなった。

しばらくして、入学以来わたしを可愛がってくれていた教授から電話が来た。「話があります。明日私の研究室に来てください」と。

大学勇退の意思を伝えた。「勇退」の意味を調べたほうがいいと言われた。両親が呼び出された。説得された。もう一度、凱旋帰還することになった。たぶん「凱旋」の意味も調べたほうがいいのだろう。

音楽や文学、映画や絵画、自分の好きなものに対して素直な視点で眺めてみれば、面白そうな授業がたくさん見つかった。

現代映画論、文学史、ドストエフスキー研究、哲学、心理学、ルネサンス美術、バロック絵画。

名作と言われる古典を、片っ端から読んだ。

ダンテもゲーテも、みんな同じことを言っていた。

「世界の真理を知ることなんかより、女の優しさを知ることのほうがよっぽど大切だ」と。

些細な問題も無いではなかった。それらの学部がバラバラすぎたゆえ、登録も出来なければ単位にも含まれないということである。そんなことはどうでも良かった。完全なる幽霊学生と化し、面白そうなものは全部出た。試験も全て受けた。

「単位にはならない。それでも試験は受けるのである。甲斐なき努力の美しさ、我はその美に心を惹かれた」状態である。

レヴィストロースの著作に感銘を受け、読み漁り、文化人類学の論文をその専門の教授に送りつけたりもした。ある日のその教授の授業終わり、「ソフラン君いますか?授業が終わったら私の部屋まで来て下さい」と呼び出された。戦争だと思った。ムツカシイ資料という名の武器を図書室で大量に仕入れ、私は戦場へと馳せ参じた。

「色々とめちゃくちゃだけど、とても面白かったよ。相当読みこんでるね。ただ、どんなに履修者名簿探しても君の名前が無いんだよ」と言われた。

「あるわけがないです。だって登録してないので。そもそもこの学部の人間ではありません」と答えると、

「君はどうかしてますね。笑」と笑われた。

こうして、大学に毎日通い必死に勉強しているにも関わらず、「一年間で単位ゼロ」という実現不可能と言われた前人未到の高みに到達した。天才は孤独だったが、前人未到の高みからの眺望は、それはそれは絶景だった。人がゴミのようだった。当時下から眺めていた人によると、ゴミが浮いているように見えたという。

「一年間で単位ゼロ」には、さすがのお父上お母上もお怒りになられた。社会というものはいつだって、如何なる数字より「崇高なZero」よりも、内容の伴わない「陳腐な100」という艶物を有難がるものなのだ。

「Zeroは『無』ではない。Zeroは『宇宙』なんだ、『無限』なんだ」と必死に叫んでみても、全く理解してもらえなかった。

私も人の子である。卒業せねばならぬ、と思った。

それ以来、落莫たる法学部の白い巨塔へも再び出入りするようになった。一方で、ちゃんと製薬メーカーからの発注であった「良薬の元となる苦い思い出作り」のことも忘れなかった。

授業中、隣の席の女の子にSMショップで買った手錠をかけ、鍵を失くしてブチ切れられたり、女の子の太ももの美しいサイズの黄金律を導き出すために、メジャーを持って逃げ惑う女の子を追いかけ廻し、変態というそれはそれは崇高非道な扱い方をされたりもした。仕方のないことだ。崇高な思想は、いつだって時代の顰蹙を買い、反駁される。コペルニクス、ダーウィン、ニーチェ、人間のナルシシズムを打ち壊した偉大な思想家たちも、当時は笑われ、ある者は処刑され、ある者は発狂した。今となれば、地球が回っていることを笑う者などいないだろう。

そんな大学時代でも、私を愛してくれる女の子がいたり、「大学院まで行って勉強する気があるなら私が面倒を見よう」と言ってくれるアタマノオカシイ先生もいたりした。みんなみんな、アタマノオカシイ愛すべき人たちである。

女の子ともたくさん出会った。悪友に連れられ、イカガワシイお店にも行った。翼の折れたエンジェル達ともたくさん仲良くなった。

「何の打算も無い好意、押し売りでは無い好意、二度と来ないかも知れぬひとへの好意、自分には、その白痴か狂人の淫売婦たちに、マリアの円光を現実に見た夜もあったのです」

そんな懐かしき思い出に想いを馳せる僕の隣では、さっきの大学生のにいちゃんが「アニキ!今度オナパやりましょう!」と、意味不明なことを言っていた。「うんうん」と、話半分に僕は優しく頷いていた。

人生は常に、一寸先は闇。

しかしいつだって、夜空には星。

そして、隣には君。

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